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さよひめ戦記535 009  [小説2]

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二人が立ち去ったころにはスガルが狭手彦たちのもとへ呼び出されていた。

「イスルギのスガルと申します」と長が紹介する。

「この若者が器を走らせたか」

「それは」とスガルが答える。「おそらく弟の仕業でしょう。近頃、悪戯が過ぎるのです。後で叱っておきます」

「いや、どのようにして器を」

「石動(イスルギ)の兄弟は神に仕え、そのお守りをする一族です」

 長がスガルにかわって言う。

「その名の通り、石を動かします。しかもそれに触れずに」

「器もか」

 答えがないので狭手彦は焦れたように言う。 

「何かやってみせてくれ」

「おのぞみなら」

 スガルは広場の中央のたき火を指さした。

 たちまちその炎が輪を描き始める。次にその火の輪は広場に流れる音楽に合わせて左右に揺れ出した。

「火が踊っている」

 叫んだのは佐伯部角だ。その頃には人々の目は中央で踊る火の輪に注がれていた。しかし、驚いて目を丸くしているのは耶麻人の者たちだけで、村人たちは面白い余興が始まったという顔付きだった。

 やがて火の輪は一際高くジャンプすると八方に火の粉を散らして砕け散った。村人たちは歓声を上げる。

「一体どこで今のような技を」

 狭手彦の問いかけにスガルは困ったような顔で答えた。

「石動の一族のものは言葉を覚える前に物を動かすので」

「生まれつきというわけか」

 狭手彦は考えこんだ。

「このような技を皆が使えるのではこの国はうかつに攻められぬな」

「炎でせめられたらたたまらんわ」

 いつ来たのか稚室がつぶやいた。怪異な火の舞いに耶麻人軍の兵たちは狭手彦の元へと集い出している。

「これは遊びが過ぎましたな」

 長がわびるように言った。

「確かに」

 狭手彦は無理矢理笑顔を作り不安そうな兵たちに告げた。

「皆の者、うろたえるな。これは、その、末羅の国の神の技だそうだ。席に戻って酒を飲め」

 狭手彦に落ち着いた声で命じられ、兵たちは席へと戻り始める。

 兵たちが静まるのを見守ってから、狭手彦は長に向き直った。そして小声で言う。

「吾も恐ろしいわ」

「見事におさめられましたな」

 そう答えた村長の声に狭手彦はこれまで柔順と映っていた態度が実は余裕ある者のそれであったことを感じとった。

「なるほどこの国は侵せない」

「古い国なのです」と村長は念を押すように付け加えた。「争いは好みません」

「長様」と狭手彦は篠原の村長に恫喝されているような気分を味わいながら言った。「先程、姫様と会わせてくださるとか」

「はい」と村長は笑みを浮かべて頷く。

「早くお会いしたいのだが」

「それでは」と長は立ち上がった。「参りましょう」

「稚室」と狭手彦は立ち上がりかけた従兄弟を制して言った。「角と文人を連れていく。兵たちを見ていてくれ」 
 狭手彦たちは広場を後にして、小夜姫の小屋へと足を運んだ。

「どちらへ」と後を追いかけて来たのは荒梛である。

「末羅の姫様の宮へ」と答えたのは村長だった。

「それならば」と荒梛は狭手彦に同行を申し入れた。狭手彦が村長を見ると彼は承諾の意を示した。

 狭手彦は胸に緊張を感じていた。占領下の国の小さな村にやってきたつもりがそこは怪しい別世界だったのだ。炎のようにこの身を自在に操ることもできるのかとも考え、戦を生業としてきた狭手彦にはツガルの示した技の威力が重くのしかかる。狭手彦はたまりかねて村長に話しかけた。

「あのような力があれば倭の国を攻めることもできたのではないか」

「攻める?」と村長はゆっくりとした口調で問いかけた。「攻めてどうするのです?」

「どうすると言われても」

「この村は豊かで飢えの恐れもありません。他の国に攻められ、恨むこともありません。他の国に攻め入る必要がないのです」

 狭手彦はその言葉に納得はできなかったがそれ以上言うべき言葉もなかった。

「こちらに」

 狭手彦は村長に促されて小夜姫の小屋に到着したことに気付いた。小屋へ通じる階段に足をかけた瞬間、狭手彦は前方に立ち込める殺気を感じた。習慣的に剣に手をかけると階段を一気に駆け上がる。縁に止まり剣を抜いた途端、小屋の戸が開き、何者かの剣が突き出された。その剣を狭手彦が自分の剣で跳ね上げる。一撃をかわされた者は小屋の中に後ずさった。狭手彦は進むことが出来ずに立ち止まる。

 小屋の中には油火の明かりがあり、見える限り、二人の男と一人の少女がいた。少女は喉に剣の刃をつきつけられている。扉の影に三人目の敵が潜んでいる気配を感じ取り、狭手彦は部屋の中に踏み込むことができないのだった。先程剣を突き出した男が再び前に出てくる。仕方なく狭手彦は後退し、階段を降りる。今度は縁に男が飛び出した。

 続いて、やはり隠れていた男が現れた。大男だった。最後に女に剣を突き付けた痩せた男も小屋を出た。

「姫様」

 ツガルが叫んだ。

 三人の男は階段を降り、村の外へ向かう側へと移動し始める。

 先頭の顔に傷のある男が言った。

「そこにいるのは耶麻人の兵か」

「大伴狭手彦だ」

 男は闇の中でニヤリと笑った。

「それでは将軍か。何と運の良いことよ」

 男は狭手彦たちを値踏みするように見た。

 佐伯部角と吉士文人は長剣を抜き、スガルも短剣を構えている。

「村の様子を探ろうと忍び込んだと思えば、耶麻人の将軍がそちらからやって来ようとは思わなんだ。良いか。声をあげたらこの姫は殺す。吾は倭の大王に使えた祝鮫(イワイのミヅチ)。その首落として大王に捧げる」

「勝負しようというのか」

 祝鮫はその問いに答えず、剣を構えて進み出た。

 前へと佐伯部角が進み出るのを狭手彦は片手で制し、祝鮫に向かって静かに言った。

「待て。吾も兵だ。汝と剣を交えるのは厭わぬ。だが、その娘は末羅の国のもの。勝負の後には放つと約せ」

「なるほど。吾もこの姫には恨みもない。そうしよう」

「角、文人。手出しをするな」

 言われて二人は剣を引いた。

 狭手彦と鮫はお互いに前進し、距離を詰める。先に足をとめたのは鮫だった。ほんの一瞬遅れて狭手彦も足を止める。そこに隙が出来、鮫は機会を捕らえて剣を突き出した。狭手彦は危うく剣を受け流し、右に回った。鮫は第二撃を打ち込む。今度は狭手彦に余裕がありその剣をかわすと反撃に出た。鮫の剣と狭手彦の剣が打ち合わされ、火花が散った。 二人は同時に相手が好敵手としての力量を備えていることを悟った。その気持ちのままに狭手彦が退くと鮫もまた退く。二人はぎりぎりの間合いで見つめあった。

「さすがは大伴の兵(つわもの)だ」

「汝も鮫(ミヅチ)の名に恥じぬ」

 再び鮫が先制した、今度は一撃で狭手彦が反撃し、息もつけない乱打戦になった。お互いに連続で技を出し、お互いに凌ぐ。実力は伯仲し、気力も互角だった。しかし、体力においてはわずかに狭手彦が勝っていた。

 一瞬の静寂の後、狭手彦の繰り出した剣が鮫の胸を刺し貫いた。

 鮫は顔をしかめたが、狭手彦を睨みつけ、そして背後の仲間を振り返り「果たせ」と言うと地面に倒れ込んだ。

 狭手彦がかがみこんた時にはこときれていた。狭手彦は静かに自分の剣を相手から引き抜いた。

「耶麻人の将軍(イクサのキミ)よ」 声をかけたのは大男の海鯨(アのイサナ)だった。「見事な腕だ。すぐにも相手をしたいが、祝鮫の約定がある。そこで待て。村の出口で姫を放つ。しかし汝の命はいつかもらうぞ」


そう言うと海鯨は後退し、姫を人質とした二人の男は闇の中に飲まれて行った。

つづき→http://kid-blog.blog.so-net.ne.jp/2016-04-01
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