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さよひめ戦記535 004  [小説2]

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海にそそぎこむ末羅の大川のほとりで会見が始まった。
                                
そこには末羅の国の主だった豪族たちが顔をそろえていた。
代表者は韓津の長(からつのおさ)と名乗った。
「倭(イ)の国を制した耶麻人の将軍よ。この地で何をお望みか」
「耶麻人に忠誠を誓う末羅の国の韓津の長よ・・・」
狭手彦は耶麻人軍の韓津におけるしばらくの駐屯とそれに伴う食料の調達を要求し、承諾を得た。
さらに付け加えて言う。
「この軍はその後、韓の地に渡り、対岸の倭軍と戦う。そのための戦の占いをしたいのだが‥‥‥」
末羅の豪族たちはしばらく相談して狭手彦に答える。
「戦の占いのお世話はこの篠原の長がいたします」
紹介されたのは初老の小柄な男だった。
狭手彦などよりよほど立派な大陸風の装束を身にまとっている。
そこで狭手彦は背後を振り返り、吉士文人(キシノフヒト)を呼んだ。

彼は医師で薬師でもあり、地理に詳しいことから狭手彦軍の案内役となっている。
文人は狭手彦の意を酌み答えた。
「篠原の村は末羅の国の神なる地に近いのです。おそらく巫女がいるのでしょう」
「なるほど」
頷くと狭手彦は篠原の長に了解の旨を伝えた。

この後、長老たちを待たせたまま狭手彦は参謀会議を開き、行動を決定する。
その結果、狭手彦は稚室とともに大川の上流にある篠原の村に五十騎ほどの手勢を連れて出発することになった。
主力軍と倭の敗残兵たちはベテランの牡鹿に率いられ、韓津の村に残留する。
狭手彦の決定に最後まで不服を唱えたのはその牡鹿だった。彼は心配そうな顔で言った。
「小さい若様。そのような小勢ではもしも倭の残党があった場合にお命が。
何かあればこの牡鹿は大連金村(おおむらじのかなむら)様に会わせる顔がありませぬ」
狭手彦は父親の名前を出されて照れながらこの忠義者の古兵に言う。
               
「その小さい若様はよせ。もはや吾(あ)は汝(な)よりも丈がある」
狭手彦は大伴大連金村の三男である。
牡鹿は嫡男を若様、次男を中の若様、そして狭手彦を小さい若様と呼ぶのであった。
「心配するな。何かあれば子犬のように逃げもどる。留守を頼むぞ」

狭手彦は稚室の他に世話役の角、案内役の文人、腕のたつ矢作部手麿呂(ヤハギベノテマロ)などを連れ、残留軍にしばしの別れを告げた。
 
さて丘の上に立つ少女はそれらの会話がすべて聞こえていたような顔で人々が散会する直前に松の木の少年に声をかけた。
 
「アキツよ。帰りましょう」
「もう、終わりですか」
蜻蛉(あきつ)と呼ばれた少年は初めて見る大軍勢を名残おしげに窺ってから、ひらりと飛び降りた。
音もなく着地する。
小夜姫はすでに松林の奥へ足を運んでいた。
蜻蛉はあわててその後を追う。
追い付いて少女の顔を見上げた蜻蛉はそこにいつもの小夜姫とは違う表情を見付けたような気がした。
しかし、それが何を示しているのかは分からなかった。ただ小夜姫は何かを思い詰めているようだった。
二人はしばらく黙って歩いた。
沈黙を破ったのはやはり幼い蜻蛉だった。

「兄様はどうだったかな」
小夜姫は夢から醒めたように答えた。
「そう。今夜の宴にはおいしい平目が出るでしょう」
そう言ってから小夜姫はふと足を停めた。
そして蜻蛉の腕を掴んで引き留める。
「どうしましたか」
小夜姫は声をひそめた。
「この道はさけなければならぬ」
「なぜ、近道ですよ」
「道をふさいでいる者がある」
蜻蛉の手を引くと小夜姫は足音を忍ばせて道を変えた。

夕日が空を染め上げていた。
森の暗がりが広がり始めた。
その闇だまりには三人の男がいる。 
彼らもまた耶麻人の軍の上陸を監視していた。
彼らの身なりは血で汚れている。
そしてギラギラと光る目で海岸の兵士たちがそれぞれの方向へ散って行く様子をじっと見守っていた。
圧し殺した声で痩せた男が言った。
「どうやら物部の軍ではないようだ」
額と頬に傷のある男が答えた。
「おそらく大伴の軍であろう。築道宮(ツクチノミヤ)に侵入した敵軍(アタ)だ」
一番の大男が言った。
「どうする」
傷の男が即座に言った。
「敵は敵だ。機を見て殺す」
痩せた男が言葉を継いだ。
「王の恨みを少しでも晴らすのだ」
この三人こそは倭の王の軍の残党であった。   
   
名を安致細蟹(アチノ ササガネ)、祝鮫(イワイノミヅチ)、海鯨(アノイサナ)という。
彼らはそれぞれが名族の出身であり、倭の大王家の重臣であった。
当然、倭王と耶麻人王との戦では倭王とともに戦い、そして敗残。
復讐の念にかられながら、この地へ落ちのびて来たのである。
倭国内乱。
それは倭の大王の権威の衰えと新興の耶麻人王の野心の膨らみにより、起こるべくして起こった戦であった。

(つづき)→http://kid-blog.blog.so-net.ne.jp/2009-09-05
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